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達人サミット 第4分科会 美しき山河誰がために水は流れる 村中が家族みたいだった
本紙 岩田
地域おこし名人・達人サミットin西桂第4分科会「くらし」(10月6日)では、豊かな水源がある地域性を生活に活かしてきたことから「水」がテーマになりました。郷土史を研究している武藤啓子さん宅(築300年)で、武藤さんから「美しき山河誰(だ)がために水は流れる」のテーマで、水を活かした豊かな生活の話を聴きました。その後は、地域を巡り問題になっている桂川のゴミについてみんなで考えました。
武藤啓子さん
我が家は江戸時代から、農業をしながら養蚕をしていた。父は中国に出征。帰って家に戻り嫁をもらって農業を継いだ。田畑が多く、米、大豆、小豆などが豊富にあった。収穫した大豆を近隣の豆腐屋に預けておくと、商売のついでに毎日、豆腐を届けてくれたりもして、食べるのには困らなかった。
私が生まれた当時は水道がなかった。桂川は富士山から流れ出る水で透明感も抜群。神様の水であり、自分たちもいただくので綺麗にしていた。女性は朝、家の前に流れていた川端で水を汲むのが仕事だった。
農業だけでは現金収入を得られなかった。水を活かした織物業が盛ん...
私が生まれた当時は水道がなかった。桂川は富士山から流れ出る水で透明感も抜群。神様の水であり、自分たちもいただくので綺麗にしていた。女性は朝、家の前に流れていた川端で水を汲むのが仕事だった。
農業だけでは現金収入を得られなかった。水を活かした織物業が盛ん...
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