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閉会あいさつ 永戸祐三名誉理事 法制化時代、再び理念の時代に 社会の中で自らはどういう役割を果たす存在か

失業者同盟なら 労協は生まれたか  労協連40年の歴史の到達点として、いよいよ法制化が成ろうとしているが、40年より前に非常に重要なことがあった。

 労働者協同組合の母体は、失業対策事業で働く人たちを中心にした全日本自由労働組合(全日自労)だ。中西五洲さんが委員長の時、中高年雇用・福祉事業団をつくり、それが労働者協同組合と位置付けられてきた。

 その歴史をさらに遡(さかのぼ)ると、失業対策事業で働く人たちを労働組合に組織するか、失業者同盟にするかで激しい論争があった。

 失業対策事業で働く人は、一時的にそこで働いているのであって、企業に雇われて働くことが基本だ。だから失業者同盟とすべきだ、という意見が主流だったという。

 三重県の全日自労組織を率いていた中西さんは、「失業者は労働者。自分たちの組織は労働組合でなければならない」と主張した。 最終的に労働組合となったが、もし、失業者同盟として組織していたら、今日の労働者協同組合運動は生まれなかったのではないか。
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