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沖縄出身 渡久地芳子さんに戦争体験を聞く(上)パラオ編  ジャングルで終戦迎える

本紙 本田真智子
沖縄出身 渡久地芳子さんに戦争体験を聞く(上)パラオ編  ジャングルで終戦迎える
 父親の仕事の関係でパラオで戦争を体験し、戦後沖縄に引き揚げて「鉄の暴風」の爪痕を知る渡久地(とぐち)芳子さん(86歳)に、戦争体験を聞きました。戦後77年、沖縄復帰50年の今年、ロシアのウクライナ侵攻があり、「核共有」や「防衛費増額」などのきな臭い言葉が盛んに語られています。今だからこそ、戦争の体験を知り、改めて平和を考えます。渡久地さんは日本社会連帯機構の飯沼潤子さんの紹介です。(本紙 本田真智子)  ロシアのウクライナ侵攻のニュースを見ると、昔、自分がジャングルを逃げ回った時のことを思い出してしまうので、あまり見たくない。ジャングルの中で、乳飲み子が栄養失調で亡くなり、穴を掘って埋めたり、そんなことを。  早く平和になってもらいたいという思いが強い。 父が南洋庁の農業技師に  私は、パラオで終戦を迎えた。  出身は沖縄県の大宜味村。昭和14年(1939年)に、南洋庁の農業技師になった父に連れられて家族(母、妹)でパラオに渡った。  最初に行ったのが、トラック諸島の夏島(トノアス島)で、そこに2年ぐらいいて、弟が生まれた。その弟は戦争中に亡くなったが……。 ...
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