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労協法時代を切り拓いたセンター事業団 発展の力はどこにあったのか ③
労協センター事業団理事長 田中羊子
1994年9月14日、「センター事業団高齢者協同組合」を設立した。60歳以上の団員を中心に1000人が1口1万円を出資し、全団員2500人が拠出金を出して応援。高齢者協同組合の設立は社会的に大きな反響を呼び、全国各地で高齢協設立運動が広がっていった。
第2期 委託事業から生活と地域の必要に応える運動・事業への挑戦〜新しい福祉社会の創造―高齢者協同組合と地域福祉事業所の設立運動〜(1995年〜)
〈上〉
初めて地域に入り、語り合い、つながりあい…
(1)「病院で死ぬということ」上映運動で初めて地域へ
センター事業団は、1993年3月に『病院で死ぬということ』の映画を製作、全国で30万人が鑑賞する自主上映運動に取り組んだ。きっかけは、永戸祐三専務の次男、卓さん(当時小学校5年生)が脳腫瘍(のうしゅよう)になったことだ。胸を突かれる思いにかられて永戸さんが読んだ100冊ほどの本の中に、『病院で死ぬということ』(山崎章郎(ふみお)著・主婦の友社)があった。「かけがえのない人生の最後を自分の手に取り戻してほしい。病院任せにしないで自分で自分の生き方を決めてほしい」という山崎医師のメ...
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