ひきこもり相談・支援 京丹後『ひととわ』
次の行動に向かうために
「背中」を押し押される「居場所」へ
兵庫県豊岡市の労協センター事業団但馬(たじま)地域福祉事業所に所属する京都府京丹後市にある「ひととわ」は、府から委託を受け、ひきこもり相談・訪問支援「チーム絆(きずな)」事業を2市(宮津・京丹後)2町(与謝野・伊根)(よさの・いね)で担って6年目に入った。2年前、久美浜湾(くみはまわん)のそばから京丹後市役所のほぼ正面に引っ越してきて、フリースペースが「居場所」として機能。交通の便もよくなり、月1回、手芸で小物づくりをする「女子会」が開催されていた。合わせて、一人の若者との"交友〟がスタートした。(西日本 花﨑昌子)



女子会へ
この日は、京都発、天橋立(あまのはしだて)行き電車の信号トラブルで、副所長の渡邉(わたなべ)久美子さんが、ずいぶん手前の駅まで車で迎えに来てくれた。渡邉さんは京都市内の短大を出て、児童養護の仕事に就いていた。親御さんの病気で帰郷。地元で結婚し、子どもたちを豊かな自然の中で育ててきた。

二階建てのひととわの事務所。但馬地福のNEXT GREEN但馬が作った木の看板が入り口に。
大阪の百貨店の丹後ちりめんのショップで、「女子会」メンバーが内職を受けている鳥の形をしたシルクのボディウォッシュを買って持っていった。蚕(かいこ)が繭(まゆ)を作る際に作り出すセリシンという肌に良い成分を活用、ブランド化が進んでいた。

参加していた若い女性は2人とも、かぎ針を使った編みものが得意。1人は自分でデザインしたコースターを編み、ネット販売も行っていた。もう1人はボディウォッシュの「編み方図」通り、正確に編むことができた。
仲よしの2人は、渡邉さんの勧めもあり、久美浜湾博(わんぱく)でブースを設け、自らの作品を出展する準備に入っていた。
ある若者
この日、約束していた若者と、別の部屋で懇談へ。渡邉さんが8年間、支援をしてきたM君(30歳)だ。
「高校卒業して、就職したくなかったし、大学4年も長いな。だったら2年の専門学校でいいかな」というような感じで、京都市内の情報技術系の専門学校に入学した。しかし2カ月で行かなくなる。
「しばらく何にもせず、一人暮らししてたんですけど、年明けかその前くらいに、家に帰ったと思います。帰ってから、2、3年は覚えていないです。主にゲームをしてました」
23歳くらいで渡邉さんと出会う。但馬サポステが県をまたいで、京丹後市で出張相談をしていた時に、支援がスタートした。
「ちょうど、ひまわり(生活困窮者就労準備支援事業)も立ち上げて、M君はそこも利用したんですよ。場所作りから結構手伝ってもらったね。その頃が結構しんどかったかもね」と、渡邉さんに言われて、M君もうなずいていた。
ひまわりの後、WWOOF(ウーフ)というNGOが行う、滞在費が必要ない田舎の農作業体験(花づくり)に2週間くらいの遠出を2回、経験していた。それは、自信につながったようだ。
「今思うと、専門学校で、プログラミングの方に行ったところが間違っていたんではないか。3D(スリーディー)の方に、興味がある」と言う。これまで、いくつか体験を重ねて、自分を知り始めた言葉のようだった。
渡邉さんが「興味を持ったことは、とことんやる方だよね」とフォロー。この日も、肩からかける、ちょっと大きめの四角い鞄(かばん)を「彼の手作りなんですよ」と教えてくれ、丁寧な縫製(ほうせい)を中まで見せていただく。ミシン目、布の張り合わせと完璧。
豊岡市は鞄づくりが有名で、ミシンの使い方から何から教わる職業訓練が実施されていて、技術が身についたそうだ。お母さんやお兄さんにも作って、プレゼントしたと、渡邉さんに聞く。
この間、3Dでデザインを描き、平面図を作り、NEXT GREEN但馬から注文のあった皮のペンケースを、まず2つ完成させた。とても好評で、量産を求められているのだが、さてどうしようという状況だった。
渡邉さんが「10個できないかな」と注文を出すが、M君は返事ができなかった。デザインは決まっているが、皮のカット、縫い合わせるための穴あけ、山型のカーブを作るところが難しいと。縫い目も慣れないと美しくできない。「1個作るのも大変」という。確かに、オンリーワンの輝きを放っていた。

居場所のよさ
「女子会」の方へM君と合流した。3人は、一緒に話す機会を初めて持てたという。
コースターを編んでいる女性が自分の作品の写真を見せてくれた。模様や色合いが多種で、お客によって作り分けると言う 。
ボディウォッシュを正確に作成できる女性の方は、言葉少ないが、アドバイスができるくらいまでになっていた。
渡邉さんはM君を紹介し、ペンケースの注文が入っているのに踏み出せないでいると伝えた。そして、「このメンバーで仕事おこしができないか」とも声をかけていた。
「私だったら引き受ける」と、コースターづくりの上手い女性が語った。「分業して手伝えるなら皆でできるのではないか」とも言った。しかしM君はその場では決断できなかった。
私が、「ひととわの玄関先で、さっそうと歩いてきたM君に、自信を持っている印象を受けた」と伝えると、一階の下駄箱から、自分が履(は)いてきた靴を持ってきて見せてくれた。彼の手作りだという。ブルーの皮の靴がオーラを放っていた。

しばらくして渡邉さんからうれしい連絡が入った。
「M君、本日時点で16個のペンケースを完成させました。『売れるとわかっていたら自分なら作る』と言われた「女子会」メンバーの一言のおかげかも。他の人の一言が、たとえ自分の思いとは違っても、背中を押され、行動につながることがある」
居場所のよさ、「ひととわ」の存在意味を確認する出来事となった。
再会
それから、1カ月以上が過ぎ、M君が進路をどうしていくか、都市部での職場見学会に同行した。朝、6時過ぎの普通電車を4回乗り継いで、待ち合わせの場所まで4時間以上かけて到着。

究極の3Dである鋳物(いもの)の工房やCAD(キャド)(コンピュータを用いた設計)の会社、学童クラブの見学や体験ができ、自信を持つようにと声をかけられた。その熱い2日間のM君の感想はこうだ。
「知らない世界が世の中にいっぱいあると感じた」「結局は世の中は支え合いながら生きているんだな」「どの分野も人でしかできない分野を人が担っている。役立ち感がないと働けない」
こういう時に、なんていう言葉をかけたらいいか悩んでいると、「自分自身にハッパをかけることが求められる」と、M君の口から出た。「ああ、ハッパだね」と共感しあった。
渡邉さんとの8年間。この言葉が出てくるまで、M君と共に歩んできたんだなと、受け止めた。
大事なこと
国は、ひきこもり状態の人の支援マニュアルを、24年度中に完成をめざすと発表した。このことをどう考えるか、渡邉さんに聞いた。
「Mくんの場合、兄が無理やり、ネット回線を切ったことから、外を見ざるを得なくなり動き出した。でも、親や兄弟が無理やりな行動をしたことで、さらにひきこもりが長期化した人もいる。ひきこもり支援で大事なのは、理解すること。『仕事、仕事』と言わないこと。どこで動き出すきっかけになるのかは個々さまざまなので、マニュアル化は難しい。その方の適性や、やりたい、やれる仕事を探すのは容易ではない。タイプを知るのに時間がかかる」
若い層のひきこもり状態の方と接して思うことは。学校での勉強だけでなく、「経験の遅れ」。「外出が減るので圧倒的に経験不足になる。自分を知るにはまずはなんでも経験してみて“自分で感じる”ことが大事。『向き・不向き』も含めて自分のタイプを知るきっかけにならないかな」。
次の行動へ、背中を押してくれるものは何か?と聞くと、「ほんとに、十人十色です」と。