社会連帯機構「あの夏の日」をめぐる旅 広島、長崎に訪問団 核廃絶、平和への誓い新たに

酒見友樹

 一般社団法人日本社会連帯機構は、昨年に続き、広島、長崎に訪問団を派遣する「戦争と平和を考える~広島&長崎『あの夏の日』をめぐる旅~」を、8月5~7日(広島)、8~10日(長崎)に実施。地元、全国の労協センター事業団の組合員などが参加しました。

広島 式典に参加 被爆遺構から記憶の継承考える

 広島ツアーには、全国から集まった社連会員など9人が参加。

原爆ドームをバックに(広島)

 初日に広島平和記念資料館を見学し、翌6日の「原爆の日」は、平和記念式典に参列。8時15分に全員で黙とうを捧げ、会場を包む厳かな雰囲気の中で、2人の小学生が読み上げた「平和への誓い」に心打たれ、1日も早い核兵器廃絶と世界の平和を祈らずにはいられませんでした。

 その後、広島被団協大中伸一事務局次長と、広島と福島を結ぶ会内藤達郎さんの案内で、平和公園にある慰霊碑や市内の被爆遺構を巡り、夜は灯ろう流しに参加。平和への願いや誓いを込めたメッセージを書き込んだ灯ろうを、原爆ドーム前の元安川に流して犠牲者の御霊(みたま)を弔いました。

 最終日は広島湾の似島(にのしま)へ。

 似島は、かつて帰国した兵士の検疫所や弾薬庫などがあった「軍都廣島」を象徴する島。原爆投下直後は、被爆者のために臨時野戦病院が設けられましたが、運ばれた約1万人のうち7千人近くが似島で亡くなったそうです。

 似島小学校の元教諭で被爆体験伝承者の小西ヒサ子さん、似島歴史ボランティアガイドの会宮崎佳都夫会長の案内で、戦争や原爆被害の歴史を伝える遺構を巡りましたが、残念ながら取り壊された遺構も多く、今では広島市民でも訪れる人は少ないとのこと。なんともやるせない気持ちになりました。

 被爆者の平均年齢も85歳を超え、「あの夏の日」の記憶を伝える被爆遺構の存在も岐路に立っています。そのことを現地で体感できたことは大変有意義でした。(大越貴之)

長崎 憲法学者 小林節さんのミニ講義も

平和資料館前で。憲法学者の小林さん(左から4人目)も参加。(長崎)

 長崎ツアーには、北海道、秋田、長野の社連会員をはじめ、新たに会員になった憲法学者で慶應大学名誉教授の小林節さんなど9人が参加。

 今回は、台風6号の影響で当初予定していた平和祈念式典への参加や、軍艦島見学などの予定を見送らざるを得なくなりました。

 初日は4歳の時に被爆した溝浦勝さんのガイドで、岡まさはる記念長崎平和資料館や原爆資料館、平和公園周辺の慰霊塔などを見学。

 式典が行われた9日は、爆心地で朝鮮人被害者慰霊式典に参加し、浦上天主堂や山里小学校などの被爆遺構を訪問。長崎に原爆が投下された11時2分には、移動中のバスで黙祷を捧げました。

 最終日は小林さんのミニ講義と、この旅の振り返り。

 小林さんは、アメリカの原爆投下の背景と現在に続く日本支配の状況を語り、「被爆者の声を聞き遺構を訪れ、改めて核兵器は絶対悪だと認識した。唯一の戦争被爆国の国民として、核兵器の使用は、明確に国際法上の戦争犯罪であることを訴え続けなければならない」と強調。

 参加者からは、「実際に現地を訪れてみて、原爆投下の悲惨さを実感することができた」「資料館で見た内容は衝撃的で知らないことばかりだった」「帰ったら仲間に伝えたい」などの感想が。

 地元、センター事業団長崎事業所里英樹所長と江島壽明さんも、「戦争や被爆の記憶がどんどん薄れているように感じる。今後も全国の仲間に来てもらって、戦争と平和について考えながら、長崎の豊かな文化や歴史も感じてもらいたい」と話しました。

 ある被爆者が、「被爆の実相だけでなく、なぜ日本は戦争に突き進み、侵略行為をしてしまったのかについても伝え続けることが、二度と同じ過ちを起こさないことにつながる」と話していたことが印象に残りました。

 「めぐる旅」は来年度も実施予定です。ぜひ参加を。(酒見友樹)