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埼玉深谷シネマ 竹石名誉館長に聞く シネマワーカーズからの四半世紀 「労協で映画館」やりたい人支援したい
本紙・福本
埼玉県深谷市にある街の映画館「深谷シネマ」を立ち上げた竹石研二さんは、2024年5月の総会で母体のNPO法人理事長を退任した今、「労働者協同組合法を活用して『街の映画館』をつくりませんか」と呼び掛けています。これまでの歩みや今後の夢などを聞きました。(本紙・福本)
ー映画との関わりは 東京都墨田区向島に1948年に生まれた。子どもの頃は近所に小さな映画館が20軒以上。入場料は50円ほどで、一人でよく見に行った。
社会人になり、映画とは関係ない企業で働いたが、映画のことが頭から離れず、今村昌平さん(映画監督)が1975年に立ち上げた「横浜放送映画専門学院」の第一期生として27歳で入学。卒業して日活に就職し、児童映画部で10年近く働いたが、部署の廃止で退職。子育てのため妻の地元の深谷に転居し、埼玉北部市民生協に勤めた。
川本センターで配送の仕事をしていた時に労協の人たちと出会った。市民生協がさいたまコープに統合され、50歳の時に県南へ異動。「これでいいのかな?」と自問し、...
ー映画との関わりは 東京都墨田区向島に1948年に生まれた。子どもの頃は近所に小さな映画館が20軒以上。入場料は50円ほどで、一人でよく見に行った。
社会人になり、映画とは関係ない企業で働いたが、映画のことが頭から離れず、今村昌平さん(映画監督)が1975年に立ち上げた「横浜放送映画専門学院」の第一期生として27歳で入学。卒業して日活に就職し、児童映画部で10年近く働いたが、部署の廃止で退職。子育てのため妻の地元の深谷に転居し、埼玉北部市民生協に勤めた。
川本センターで配送の仕事をしていた時に労協の人たちと出会った。市民生協がさいたまコープに統合され、50歳の時に県南へ異動。「これでいいのかな?」と自問し、...
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