東京 ウクライナ・フリードムスクールが講演会 どんな状況でも 自分で考える人育む場に

雫穿大学OB/労協創造集団440㎐ 長井 岳

 ウクライナ中西部のヴィニッツァにあるフリースクール「フリードムスクール」の代表を務めるカテリーナ・ボトビニクさん夫妻と生徒3人が、5月に来日しました。27日には東京・池袋のワーカーズコープ連合会本部で講演会「フリースクールから見るウクライナの戦争」(TDU・雫穿大学(てきせん)、日本社会連帯機構、社会連帯TOKYOなどが共催)を開き、戦時下の状況や、平和な社会づくりにおける民主的教育の意義を語りました。(雫穿大学OB/労協創造集団440㎐ 長井 岳)

フリードムスクールの皆さん。左から2人目が代表のカテリーナさん

戦時下で問う、民主的な学びの意義

 イベントには会場とオンライン合わせて120人ほどが参加。ワーカーズコープの組合員やフリースクール関係者をはじめ、国会、地方議員、さらには台湾、オーストラリアからのオンライン参加もありました。

 カテリーナさんは、フリードムスクールの紹介と戦時下での学校や地域の状況を報告し、生徒3人もマイクを握り、それぞれの思いを語りました。

 娘のターニャ・イェルマコーバさんは侵攻当初の様子を振り返り、「数日前から『戦争になるかも』と言われてはいたが、本当に起きるとは思っていなかった。侵攻が始まっても、私たちが暮らす地方都市にまでミサイルが飛んでくることはないだろうと考えていた。けれど、やがて近くに着弾し、パニックになった」。

 カテリーナさんも、「いったん一家で隣国のモルドバに避難したが、友人の医師から『医薬品が足りない、手伝ってほしい』と連絡を受け、買えるだけの医薬品を買い込み、ヴィニッツァの病院に届けた。その後、校舎では大勢の避難者の受け入れを始めた」と話しました。

 侵攻開始から7カ月間、フリードムスクールの建物は各地からの戦災者の避難所となり、授業は限られた時間やスペースでしか行えなかったそうですが、オンラインも活用して授業を継続してきました。

 また、授業以外にも、戦争で家族を失った人たちの語り合う会やシッティング・バレーボールなど、障害を負った人のリハビリテーションプログラムを行い、さらに「戦時下でも前を向いてできることをしよう」との思いから、サマーキャンプも実施したそうです。

 一方で、戦争の終結が見通せない中、子どもたちへの負担も増しています。15歳のボバ・コームフトさんは「3年後には徴兵対象になる。将来のことは考えられない」と話していました。

 カテリーナさんは、「たとえ知識があっても、命令に従って戦争をする人を育てるのではなく、(フリースクールは)間違った命令には従わず、自分で考える人を育てる場所でありたい」と力を込めました。

 そして、「ロシアが軍事費を国民の幸福のために使おうと思えば戦争は終わるはず。日本政府がそのように働きかけるように、皆さんも政府に声を届けてほしい」と呼びかけました。

「後悔なくやりたいことを」と念願の訪日

 フリードムスクールと雫穿大学は以前から交流があり、ロシアのウクライナ侵攻後もオンラインで頻繁にやり取りを続けてきました。

 昨年秋からは、週1回のオンライン日本語授業も実施していますが、授業中に空襲警報が鳴り、避難シェルターに移動したこともあり、私たちも画面越しに緊迫した状況を体験しました。

 カテリーナさんは「いつ命を落としてもおかしくない。だからこそ後悔のないよう、やりたいことをやりたい」との思いから旅費を貯め、念願の訪日を実現。

 3週間の来日中、兵庫県の古民家を活用したフリースクールに滞在したほか、トラウマにもなり得る体験を演劇で表現する、横浜のアーティストを訪問。東京では、ガザ地区の人々を長年支援している寺のシェルターに滞在しながら、雫穿大学の学生との交流や、抹茶・折り紙・書道といった日本文化の体験も行いました。

 日本を離れる日、カテリーナさんは「みなさんとの交流は一生忘れない。これからもずっとつながり続けましょう」と再会を誓いました。