地域おこし桶川・北本 サミット後、地域に根付いた活動一歩一歩 滝瀬塾、紅花PJ、ポールウォーク桶川界隈

本紙 松沢

 昨年11月に開いた埼玉県桶川市、北本市での「第6回地域おこし名人・達人サミット」実行委員会が8月31日に北本市文化センターで開かれました。サミット後に立ち上がった活動が報告され、サミットの記録映画も上映。来年、静岡県掛川市で開くサミットの成功を誓い合いました。引き続き、7月16日に急逝(きゅうせい)したサミット発起人で日本社会連帯機構代表理事だった永戸祐三さんを偲ぶ会が開かれました。なお、労協連などによる偲ぶ会は12月13日に開かれます。(本紙 松沢)

両市に感謝状 記録映画上映も

 実行委員会では、新たに日本社会連帯機構代表理事になった山本幸司さんがあいさつ。森康行監督のあいさつに続いて記録映画を上映。協力をいただいた桶川市、北本市への感謝状が贈られた後、サミットを機に立ち上がった団体が活動報告。

記録映画を上映


 「滝瀬塾」は、滝瀬さんの農地に小屋を建てる様子がスライドで流され、いろどりの輪北本支部代表、佐向響さんが「オーガニック給食を実現したい。そのために、まず自分自身が有機農業の現状を知り、作り方を体で学びたいと思い参加させていただいた。農業の大変さを身をもって感じている」と。

 「紅花プロジェクト」は、紅花を染料として使うだけでなく、食用としての可能性も探ろうと4人でスタート。若菜を学校給食に出していたこともあり、とりあえず1年間、10日おきくらいに作業し、どれぐらいの大きさになったら採ればいいのか、どの程度の量が採れるのかなどを調べながら取り組んでいます。

上=紅花PJの活動報告


 「ポールウォーク桶川界隈」は北鎌倉を散策。紅花を栽培している所もあり交流が始まりました。さらに交流を広げていきたいと抱負が語られました。

「社会連帯桶川・北本」11月設立へ

 実行委員会では、サミット後継組織「社会連帯桶川・北本ネットワーク」を11月に設立することを確認し、佐藤洋、島野正紀の両氏を共同代表とし、準備会を発足させました。

サミット実行委員会が 永戸祐三さんを偲ぶ会

永戸さんが目指しているのは「前へ」だ

 永戸祐三さんを偲ぶ会「愛すべき思い出とともに」では、労協センター事業団埼玉事業本部の成田誠本部長(サミット発起人)が開式の言葉を述べ、黙祷、献花。

 大島敦衆議院議員から弔電。小野克典桶川市長(発起人)は、「自伝(『協同労働がつくる新しい社会』)を拝読しダイナミックかつエネルギッシュに人生の炎を燃やし続けた永戸さんの生きざまに感銘を受けた」「地域おこし名人・達人サミットを大成功へ導いてくださった実績と功績は多くの人々の心に深く刻まれた」とメッセージ(樋口悟史副市長代読)。

 続いて、全国で初めて採択された北本市議会の「協同労働の協同組合法の速やかなる制定を求める意見書」を起案した工藤日出夫市議(発起人)が「23年の議員生活でいろんな人に頼まれて意見書を出したが、永戸さんほど感謝してくれた人はいない。協同労働、労働者協同組合が新しい時代の働き方、新しい時代の地域づくり、新しい未来の仕事おこしだと私も確信している」と弔辞。

 元埼玉県議会議長で農家の滝瀬副次さん(発起人)は「永戸さんとのお付き合いは、日は浅いが、本当に兄弟みたいに、偉ぶらず、飾ることなく、直にお話をしていただき、私は全く尊敬をしておりました」「本も最初から最後まで読ませていただき、この世の中をなんとしてもよくしていこうと学生運動に参加し、数々の事業、運動を休むことなく展開していただいたことがわかって、涙が出る思いだ」「永戸さんを亡くしたことはこの国家の損であります。世の中が永戸さんが考えていたような方向に進むことが、平和で発展していく一番の源ではないか。少しでも受け継いで後世に残していくことをお約束する」と。

 日本社会連帯機構の山本幸司代表が「永戸さんとは政治的立場はかなり違っていたが、本当の意味で社会を変えたい、誰もが人間らしく生きていける社会にしたい、という思いを実現する取り組みの同志に出会ったという思いが強くある」と述べ、「労協法ができ、協同労働、労協運動の前史が終わり本史に入る。永戸さんが言っていたように、持続可能なまちづくりのために、とにかく明るく楽しく、わいわいがやがや頑張っていこう」と呼びかけました。

 永戸さんの「遺書」ともなった『協同労働がつくる新しい社会』を出版した旬報社の木内洋育(ひろやす)社長が「永戸さんの思いはこの本の中に込められていると思う。多くの方に読んでいただきたい。9月12日のシンポジウムにもご参加を」とあいさつ。

 永戸さんへのインタビューをもとに本をまとめた松沢常夫労協新聞前編集長が「永戸さんは東葛病院の仕事を取って直轄事業団を立ち上げた時、『清掃現場のおじさん、おばさんたちと、自分や中西理事長とはどういう関係か。雇っているのか、そうでないとすればどういう関係なのか」と問う。それまでの事業団も争議団がつくった自主生産企業も、"雇う・雇われる関係〟はそのままだったが、永戸さんだけがそこに疑問を持った。労働者が本当に主体者、主人公になることを求めていたからだと思う」と指摘。

 そして、6月のセンター事業団総代会での永戸さんの最後の言葉を紹介しました。

 「労働者の解放とは労働の自由を自分で獲得することだ、と思った時に、協同労働が本格的に全世界に行き届くなら、どういう効果をもたらすか。そういう100年を考えたセンター事業団の役割を掛け値なしに実行できる存在になれるかどうか。そのための勉強の1つの材料にこの本を使ってくれるとありがたい」

 事業本部の島野正紀顧問の音頭で献杯。懇談の後、永戸さんの妻、百代さんがあいさつ。

「私もしっかり自分の思いを力にして、一歩を踏み出し、しっかり生きていくつもりです」とあいさつする永戸百代さん


 「6月に再入院してからはずっとベッドの上。看護師さんから、本人ではなく私がたびたび注意を受けた病室での電話。『看護師の声の方がよっぽど大きい』と、聞き入れませんでした」に参加者は爆笑。

 「病と格闘する中でも必ず帰ってくることを信じ、自らを奮い立たせておりました。あまりにあっけなく逝ってしまって、無念で仕方がありません。本人が何よりも無念であり悔しく辛そうでした」と振り返り、「しかし」と、こう語りました。

 「永戸祐三の集大成の本も皆様のおかげで残すことができました。『主体者としてよく考え、自らの思いを力にして生きる。』永戸は何度も口にしていました。私もしっかり自分の思いを力にして、一歩を踏み出して、しっかり生きていくつもりです」

 最後に桶川市議会の佐藤洋議長(発起人)が「永戸さんの目指しているのは"前へ〟だ。『過去はいい。お前ら、前へ進めるためにどうやってやるんだ』ということをおっしゃっているように思う。来年の静岡でのサミット成功のために精一杯頑張ると永戸さんに伝えて最後の言葉とします」と述べ、閉会しました。

工藤議員
滝瀬さん
山本代表
佐藤議長