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コロナパニックを憲法から考える
連載No. 53 号
岡田尚
立ち止まって考える
4月16日、緊急事態宣言の対象が全都道府県に拡大された。世界を見渡せば、死者の数は日本の比ではない。生命、健康、生活等人間の生存にかかわる全てに危機が襲いかかっている。
この事態のなかでは、「人権」などというならそれだけで「何言っているんだ。そんなときではない」と反論どころか議論そのものが封じ込められる。しかしこういうときこそ、少し立ち止まって憲法の視点から人権を考えてみよう。 救済措置は平等に 憲法前文は「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と規定する。今こそ、この宣言の意味と意義を確認する必要がある。
「すべて国民は個人として尊重され」「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要」とされているが、そのトップは「生命」である(13条)。更に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」(25条1項)。
この非常事態のなかでは、生存権保障のために「国は、すべての生活...
この事態のなかでは、「人権」などというならそれだけで「何言っているんだ。そんなときではない」と反論どころか議論そのものが封じ込められる。しかしこういうときこそ、少し立ち止まって憲法の視点から人権を考えてみよう。 救済措置は平等に 憲法前文は「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と規定する。今こそ、この宣言の意味と意義を確認する必要がある。
「すべて国民は個人として尊重され」「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要」とされているが、そのトップは「生命」である(13条)。更に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」(25条1項)。
この非常事態のなかでは、生存権保障のために「国は、すべての生活...
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