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人気だった「コケコッコ牧場」 自分で採卵、精算 究極の新鮮商品
連載No. 38 号
小林史麿
ヤギは我が乳母
人類は家畜と共存し、共に生かされてきた。その歴史は古い。 戦後まもない時代に幼少期を過ごした我々の年代以前の者にとって、家畜はペットではなかった。犬や猫は外敵から身を守るものであり、鶏(卵)は日々のタンパク源であり、時には買取業者に売り、現金収入となった。
ヤギは多くの農家で飼育されていた。とくに筆者は年子の七人兄弟で上から五番目。母乳にありつけず、ヤギ乳で育てられた。ヤギこそ我が乳母であり、命の恩人でもある。
うさぎの飼育は子どもたちの仕事だ。早春に出産。年末には屠畜を業とする人が各家庭を回り、処理してくれた。手数料として毛皮を渡した。
廃鶏やうさぎの肉は正月のご馳走として、重要な地位を占めていた。うさぎの骨は比較的やわらかく、金槌で叩いてミンチにする。捨てるところはない。不足がちなタンパクやカルシウムを摂取できたのは、家畜によるところが大きかった。
中小の家畜との相互依存は、人類の長い歴史の中で培われた命をつなぐ知恵でもあった。...
ヤギは多くの農家で飼育されていた。とくに筆者は年子の七人兄弟で上から五番目。母乳にありつけず、ヤギ乳で育てられた。ヤギこそ我が乳母であり、命の恩人でもある。
うさぎの飼育は子どもたちの仕事だ。早春に出産。年末には屠畜を業とする人が各家庭を回り、処理してくれた。手数料として毛皮を渡した。
廃鶏やうさぎの肉は正月のご馳走として、重要な地位を占めていた。うさぎの骨は比較的やわらかく、金槌で叩いてミンチにする。捨てるところはない。不足がちなタンパクやカルシウムを摂取できたのは、家畜によるところが大きかった。
中小の家畜との相互依存は、人類の長い歴史の中で培われた命をつなぐ知恵でもあった。...
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