この記事は会員限定です
ログイン
不登校の歴史① 「学校恐怖症」「登校拒否」を経て
連載No. 16 号
TDU・雫芽大学代表 朝倉景樹
教育社会学者で「TDU・雫穿(てきせん)大学」代表の朝倉景樹さんが、現在の子ども・若者を取り巻く状況や、世界のデモクラティック教育に触れながら、これからの教育や社会、労働のあり方に言及します。
母子分離不安による恐怖症? 人間の歴史からみれば、多くの国々で誰もが学校に通うようになったのはつい最近のことだ。そのことからすれば不登校の歴史はまだ短いと言える。
不登校は、「学校恐怖症」「登校拒否」などと表現を変えてきたが、学校恐怖症という言葉が広く知られる契機になったのは、アメリカの児童精神科医A・ジョンソンらが41年に発表した同タイトルの論文だ。
学校に行くのを嫌がる子どもたちを研究した結果、不登校は母子分離不安を主たる原因とした恐怖症の一つと結論づけたことから、学校恐怖症という言葉があてがわれた。
医者の問題提起から「病気」に 不登校が日本で「発見」されたのは50年代のことである。児童精神科医の高木隆郎らが、自閉症の子ども...
母子分離不安による恐怖症? 人間の歴史からみれば、多くの国々で誰もが学校に通うようになったのはつい最近のことだ。そのことからすれば不登校の歴史はまだ短いと言える。
不登校は、「学校恐怖症」「登校拒否」などと表現を変えてきたが、学校恐怖症という言葉が広く知られる契機になったのは、アメリカの児童精神科医A・ジョンソンらが41年に発表した同タイトルの論文だ。
学校に行くのを嫌がる子どもたちを研究した結果、不登校は母子分離不安を主たる原因とした恐怖症の一つと結論づけたことから、学校恐怖症という言葉があてがわれた。
医者の問題提起から「病気」に 不登校が日本で「発見」されたのは50年代のことである。児童精神科医の高木隆郎らが、自閉症の子ども...
この記事は会員限定です。労協新聞をご購読いただくと続きをお読みいただけます。