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不登校と親、親の会

連載No. 23 号
TDU・雫穿大学代表 朝倉景樹
不登校と親、親の会
 育社会学者で「TDU・雫穿(てきせん)大学」代表の朝倉景樹さんが、現在の子ども・若者を取り巻く状況や、世界のデモクラティック教育に触れながら、これからの教育や社会、労働のあり方に言及します。 変わっていった親と専門家との関係  親は不登校の子どもにとって、最も身近な存在であるばかりでなく、時として「専門家」から子どもを守り、社会を変えてきた。

 不登校が登校拒否と呼ばれていた1970〜90年代前半までは、子どもにとって不登校は時には命がけの行動だった。

 スパルタ式の訓練で不登校の子どもを「矯正」する、愛知県の戸塚ヨットスクールでは、4人の子どもが亡くなり、他にも埼玉での不動塾事件、広島での風の子学園事件など、不登校を経験したばかりに命を奪われる事件が起きた。

 当時、不登校は「本人や親の育て方に難がある」「直せば登校できる」という見方が、医者などの専門家の中でも支配的で、「登校拒否は、子どもの身を守るための行為であり、子どもがさまざまな可能性を発展させていく契機」と考える、渡辺位などの...
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