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「自分研究」という希望ー11月に発表会
連載No. 26 号
TDU・雫穿大学代表 朝倉景樹
教育社会学者で「TDU・雫穿(てきせん)大学」代表の朝倉景樹さんが、現在の子ども・若者を取り巻く状況や、世界のデモクラティック教育に触れながら、これからの教育や社会、労働のあり方に言及します。
生きづらさ解体し、自分を取り戻す 前回取り上げた不登校経験者の調査結果について、「つらい気持ちになった」「自分が自分をダメと思うことに終わりがないように感じ、希望が持てなくなった。正直あまり聞きたくなかった」との声もあった。 しかし、希望がまったくないかといえばそうではない。その一つの道筋が当事者研究(自分研究)だ。 前にも述べたが、不登校はごく最近まで、専門家ですら子どもの性格の問題、親の育て方の問題という認識が支配的で、不登校の子どもたちは「治療・矯正」を強いられ、苦しい思いをしてきた。専門家への異議申し立てという流れでは、当事者研究という言葉になるが、雫穿大学では、「自分から始まる研究=自分研究」といっている。 当事者研究と自分研究は必ずしもきれいに線が引けるものでもないが、私たちがこの言葉を使うのは、第一義的には、自分の経験を自分自身で研究...
生きづらさ解体し、自分を取り戻す 前回取り上げた不登校経験者の調査結果について、「つらい気持ちになった」「自分が自分をダメと思うことに終わりがないように感じ、希望が持てなくなった。正直あまり聞きたくなかった」との声もあった。 しかし、希望がまったくないかといえばそうではない。その一つの道筋が当事者研究(自分研究)だ。 前にも述べたが、不登校はごく最近まで、専門家ですら子どもの性格の問題、親の育て方の問題という認識が支配的で、不登校の子どもたちは「治療・矯正」を強いられ、苦しい思いをしてきた。専門家への異議申し立てという流れでは、当事者研究という言葉になるが、雫穿大学では、「自分から始まる研究=自分研究」といっている。 当事者研究と自分研究は必ずしもきれいに線が引けるものでもないが、私たちがこの言葉を使うのは、第一義的には、自分の経験を自分自身で研究...
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