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子ども中心の学びの場「フリースクール」
連載No. 28 号
TDU・雫穿大学代表 朝倉景樹
教育社会学者で「TDU・雫穿(てきせん)大学」代表の朝倉景樹さんが、現在の子ども・若者を取り巻く状況や、世界のデモクラティック教育に触れながら、これからの教育や社会、労働のあり方に言及します。
「国民教育」、第1次大戦の反省から フリースクールという言葉は、日本でも定着した感があるが、「不登校の子どもが通うところ」「学校より校則が厳しくなく、やさしく受け入れてくれる場所」といったイメージが一般的ではないだろうか。 一方、世界のフリースクールの概念はもっと多様で、呼び方も「フリースクール」「セルフガバニングスクール」「オルタナティブスクール」などさまざまだ。 フリースクールの歴史は100年以上前に遡る。19世紀後半、当時の列強諸国は、市場と原材料の供給地を求める植民地獲得競争を繰り広げ、そのために必要な「よい兵隊」「よい産業戦士」の養成を目的とする国民教育に注力した。 20世紀に入ると、第1次世界大戦が勃発する。甚大な破壊と犠牲をもたらしたこの戦争の反省から、教育分野においては、「新教育」と呼ばれる運動が広がっていった...
「国民教育」、第1次大戦の反省から フリースクールという言葉は、日本でも定着した感があるが、「不登校の子どもが通うところ」「学校より校則が厳しくなく、やさしく受け入れてくれる場所」といったイメージが一般的ではないだろうか。 一方、世界のフリースクールの概念はもっと多様で、呼び方も「フリースクール」「セルフガバニングスクール」「オルタナティブスクール」などさまざまだ。 フリースクールの歴史は100年以上前に遡る。19世紀後半、当時の列強諸国は、市場と原材料の供給地を求める植民地獲得競争を繰り広げ、そのために必要な「よい兵隊」「よい産業戦士」の養成を目的とする国民教育に注力した。 20世紀に入ると、第1次世界大戦が勃発する。甚大な破壊と犠牲をもたらしたこの戦争の反省から、教育分野においては、「新教育」と呼ばれる運動が広がっていった...
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