この記事は会員限定です

長くて短い日本のフリースクール史 ①

連載No. 29 号
「TDU・雫 穿せ 大学」代表 朝倉景樹
長くて短い日本のフリースクール史 ①
 教育社会学者で「TDU・雫穿(てきせん)大学」代表の朝倉景樹さんが、現在の子ども・若者を取り巻く状況や、世界のデモクラティック教育に触れながら、これからの社会や労働のあり方に言及します。 大正期の「新教育」運動で幕開け  日本のフリースクールの歴史は長くて短い。  禅問答のようだが、20世紀初頭、ヨーロッパで始まった「新教育」運動に影響を受けた日本の教育関係者は、その理念を取り入れ実践を始めた。その意味で歴史は長い。しかし今日(こんにち)的な意味でのフリースクールが日本で設立されたのは1985年で、ここを起点に考えると短いと言える。
 日本でのフリースクール運動の第1幕は大正期の自由教育運動に遡る。「児童中心」を掲げる野口援太郎らによる池袋児童の村小学校や、芦屋児童の村小学校(兵庫)、雲雀ヶ岡児童の村(神奈川)、トモエ学園(東京)などが設立され、運動の大きなうねりが起きる。しかし、やがて方針をめぐる対立が学校内で起きたり、第二次世界大戦の影響で閉校を余儀なくされたりして運動は萎んでいった。 第2幕は不登校児の居場所づくりとして  第2幕は85年...
この記事は会員限定です。労協新聞をご購読いただくと続きをお読みいただけます。