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日本のフリースクール史 ② 市民権を得るまで
連載No. 30 号
TDU・雫穿大学代表 朝倉景樹
教育社会学者で「TDU・雫穿(てきせん)大学」代表の朝倉景樹さんが、現在の子ども・若者を取り巻く状況や、世界のデモクラティック教育に触れながら、これからの社会や労働のあり方に
出席認定から学割定期獲得へ
この連載でも度々触れてきたが、1992年3月に文部省学校不適応対策調査研究協力者会議最終報告で「登校拒否(不登校)はどの子にも起こりうる」と公表したことは、フリースクール運動の追い風になった。
同年9月には文部省は、フリースクールでの活動日数を出席扱いとする旨の通知を出した。この通知を受けて各地のフリースクールは親の会と、フリースクールに通う小中学生の学割定期券の発行を認めるよう全国で署名運動を展開し、翌年3月に認められた。
これらの制度が学校側に理解されるまでには時間を要したが、フリースクールに通う子どもたちに道が拓け、高揚感が芽生えた年であったことは確かだ。
高揚する子どもたちの活動 93年夏には、広島県尾道市の井上塾と東京シ...
出席認定から学割定期獲得へ
この連載でも度々触れてきたが、1992年3月に文部省学校不適応対策調査研究協力者会議最終報告で「登校拒否(不登校)はどの子にも起こりうる」と公表したことは、フリースクール運動の追い風になった。
同年9月には文部省は、フリースクールでの活動日数を出席扱いとする旨の通知を出した。この通知を受けて各地のフリースクールは親の会と、フリースクールに通う小中学生の学割定期券の発行を認めるよう全国で署名運動を展開し、翌年3月に認められた。
これらの制度が学校側に理解されるまでには時間を要したが、フリースクールに通う子どもたちに道が拓け、高揚感が芽生えた年であったことは確かだ。
高揚する子どもたちの活動 93年夏には、広島県尾道市の井上塾と東京シ...
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