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⑤ 日本大変革の中で -時代を読む力
連載No. 5 号
辻村百樹
構造変化にさらされ
今回は明治維新後の当家の歴史に触れていきたい。
初代が創設し幕末にかけて大店(おおだな)に成長した曽比(そび)屋は、明治維新後も呉服を核に商売は繁盛を続けていた。
武家社会は消滅して小田原城は廃城となり、天守閣は取り壊されて周辺の武家屋敷も主(あるじ)を失っていく。その武家屋敷跡は明治政府による払い下げが始まり、当家もそのいくつかを買い取った。
一方で両替商の事業は、明治政府の金融政策に準拠することとなり、明治5年に二宮尊徳の報徳思想の下で地元有力者と共に、積小社という銀行を設立。小田原地方金融の一翼を担うが、もはや家業の規模ではなくなり、その後明治26年に乱立していた複数の金融機関を統合して小田原銀行(後に横浜銀行)に発展した後、辻村家は金融界からは身を引いた。
明治維新は、金融はもとより我が国のあらゆる分野に革命的変化を巻き起こし、地域社会は大きな構造変化に否応なくさらされることになる。その変化の基幹が全国規模の交通改革、中でも鉄道網の拡大であった。
明治5年に新橋―横浜間に我が国初の鉄道が開通したことは周知の通りだが、その後の路線網の延...
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