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⑥ 見知らぬ大地へ 明治期の開拓精神
辻村百樹
学校生活に見切り
今回は明治期に開拓を志した、辻村直四郎という人物にスポットをあてたい。
辻村初代の出身である小田原北部は水田地帯で、分家筋の親族は皆農家であったが、明治2年に直四郎はその一軒に4男として生まれた。13歳で父を亡くし、兄と共に農業に励んでいたが、そのかたわら、夜は村の漢学者が開く塾に通って漢籍を学んでいたという。
その姿は小田原で豪商となった本家にも伝わり、20歳の時にその援助により東京農林学校(現東京大学農学部)予備校に入学したが、彼は学者や役人への道を選ばなかった。
彼の野望は農業経営にあったのだ。実家は自作農で、ましてや四男に生まれた身には営むべき土地はない。しかし学校で見聞した情報によると、北海道には広大な手付かずの地が広がっており、見知らぬ大地へ向かう強い動機が生まれた。そして明治24年に学校生活に見切りをつけて北海道に単身渡って行く。
北海道原野へ
入植者が開墾を始めるには、道庁から植民区画の割り当てを受けねばならないが、何の縁故もない一介の若者に役人は冷たかった。道内に無尽蔵に広がる未開地も既に貴族、財閥、有力者の手に落ちている所が多...
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