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⑦ 小田原別邸文化

連載No. 7 号
林業家・日本社会連帯機構理事 辻村百樹
⑦ 小田原別邸文化
明治黎明期に花開き政府要人の往来も  小田原には皇族や明治以降の政治家、財界人、文化人の別邸跡が数多く残っている。温暖で海風の入る気候が避寒避暑のどちらにも適い、東京からも程良い距離にあったことから、天皇の御用邸をはじめ、多くの著名人が別邸や別荘を構えていた。また、邸宅代わりに長逗留する家庭も多かったことから、この頃を総称して小田原別邸文化と評されている。  明治の元勲伊藤博文や山形有朋らも別邸を構えていたが、こんなエピソードが伝わる。  伊藤博文公が父上の居住と自らも要職を辞した後の定住を考え、気候が好みの小田原に敷地を探したところ、庭に見事な桜のある武家屋敷跡を見つけた。自ら地主に売却を交渉するも、地主は「自分もこの桜が気に入っている」と頑として譲らず、結局取得を諦めるしかなかった。その地主というのが辻村家5代甚八であった。  初代総理大臣の要請を袖にした是非はともかく、明治黎明(れんめい)期の政治家は地位を振りかざすこともなく、国民と同じ目線を有していたのであろう。  この件が縁となり、結局は辻村家が所有する海岸沿いの土地を譲渡して伊藤博文公は滄浪閣(そうろ...
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