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自己否定④ 理解されない決断の苦しみ
連載No. 60 号
TDU・雫芽大学代表 朝倉景樹
教育社会学者で「TDU・雫穿(てきせん)大学」代表の朝倉景樹さんが、現在の子ども・若者を取り巻く状況や世界のデモクラティック教育に触れながら、これからの社会や労働のあり方に言及します。
小さな選択すらプレッシャーに 自己否定につかまってしまうと、自分で何かを決めることが難しくなる。しかし、この苦しみはなかなか周囲に理解されない。 たとえば、進学や就職などの人生の大きな選択を迫られている場合は、誰でも迷うであろう局面なので理解されやすいが、友人と食事に行った際に、何を注文するか決められないといったような些細な場面では、当人の心境ははなかなか理解されにくい。 席に案内されてメニューが渡され、友人から「ねえ、何にする」と聞かれようものなら、頭が真っ白になってしまう。決断を迫られていると感じただけで、「どうしよう」と困惑状況にはまってしまうのだ。 「自分の好きな物を選びなよ」と促されても一向に気が楽にならない。 自分だけ場違いな注文をしてしまったら、「みんなから、空気が読めない変な注文をする奴、安いメニューを注文するケチな奴と...
小さな選択すらプレッシャーに 自己否定につかまってしまうと、自分で何かを決めることが難しくなる。しかし、この苦しみはなかなか周囲に理解されない。 たとえば、進学や就職などの人生の大きな選択を迫られている場合は、誰でも迷うであろう局面なので理解されやすいが、友人と食事に行った際に、何を注文するか決められないといったような些細な場面では、当人の心境ははなかなか理解されにくい。 席に案内されてメニューが渡され、友人から「ねえ、何にする」と聞かれようものなら、頭が真っ白になってしまう。決断を迫られていると感じただけで、「どうしよう」と困惑状況にはまってしまうのだ。 「自分の好きな物を選びなよ」と促されても一向に気が楽にならない。 自分だけ場違いな注文をしてしまったら、「みんなから、空気が読めない変な注文をする奴、安いメニューを注文するケチな奴と...
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